たまご日和

日々の出来事、思ったこと、本のこと等をつづっています

突然のこと

父の従姉にあたるおばさんが亡くなりました。

家で一人で亡くなっているところを発見され、既に死後3、4日経っている状態でした。

先週の木曜日、おばさんのお友達が、おばさんの携帯に何度電話してもかからなかったため家に行ったら、ポストには3日分の新聞がたまっていたそうです。

おかしいと思った友達は私の父のところへ行き、その足で一緒におばさんの家へ。

裏窓が一つだけ網戸になっていて開けて中を覗くと、リビングで倒れているおばさんが見えたそうです。

消防隊と救急車が来ましたが、おばさんの状態を見て、すぐに警察を呼んでくださいと。

原因ははっきり分かりませんが、おばさんはエアコンが嫌いで、扇風機だけでほぼ過ごしていたそうなので、もしかしたら熱中症だろうかとみんなで話していました。

この暑さのため、すぐに安置所に運ばれ、お骨となり、一部の人しかおばさんの最後を見ていません。

 

病気とは無縁の、元気なおばちゃんでした。まだまだ元気な60代。

以前は実家の斜め前に住んでいて、数年前家を購入し、同じ町内で一人暮らしをしていました。未婚で、子供はいません。

父とはずっと仲が良く、私も家が近所だったこともあって小さい頃からとても可愛がってもらいました。

一人暮らしのお年寄りが家で一人で亡くなっていたという話は聞いたことがあるけれど、こんなにも身近な人が、まさかこんな事になるなんて。

それにおばさんは、まだまだ若くて、元気で、周りの誰よりもしっかりしていて・・・。

 

 

その日の夜、父が、

「お父さん、もう疲れた。私も死にたい。」

と、私に言いました。

おばさんの突然の死と、その後の警察とのやりとりや葬儀関係のあれこれで疲れ果てた父は、身体的にも精神的にもまいっていたのだと思います。

生活が苦しいこと、先月仕事(自営業)で大きな出費があったこと、仕事も年々減っていること、一人暮らしの不安、子供には迷惑をかけたくない、迷惑をかけて生きるくらいなら・・・と。

父がそんなことを話すのは初めてだったので、おばさんの死と父の言葉に私は気が動転し、でも冷静を装って話を聞き、徐々に父が落ち着きを取り戻してきたので、少しホッとしました。

気楽な一人暮らしをしていると言っていた父だけれど、一人で抱え込んでいたことを、私は娘なのに気付いてあげられませんでした。

父は強いんだって、ずっとそう思っていました。心配させたくないから、迷惑をかけたくないからって隠していただけなのに。親である前に、父も一人の人間なのに。もっと早く気付いてあげられれば良かった。

 

辛いことが続いていると、私がよく考えてしまうこと。

生きることの意味って何なんだろうって。

何のために生きているんだろうって。

辛いことや悲しいことがたくさんあって、こんなに生きることは苦しいのに、どうして生きていかなきゃいけないんだろうって。

母が癌になり、闘病で苦しむ母のそばにいた時も、必死で生きようとする母に寄り添いながら、生きようとすることはこんなにも苦しいことなんだとこの時初めて知りました。

こんなに苦しまなければいけないくらいなら、早く母を楽にさせてあげたいとさえ思いました。

でも母は、必死で生きようと最期まで頑張った。

あんなに苦しんできたのに、母の最期はとっても穏やかな顔をしていました。

大切な人の死に直面する度に、命のこと、生きることについて考えます。

ずっと答えが出なかった、私にとっての生きる意味。

でも、父が私に弱音を吐いた日。話し終えて少し元気を取り戻した父が、私に言ってくれた言葉でその答えが見つかりました。

何ともない言葉。普段もし同じことを言われても、さらっと流れていってしまうような言葉かもしれません。

「お父さんも頑張るから! 〇〇(私)も身体に気を付けて頑張れ!」

自分を奮い立たせるように言った、父の力強い言葉。

父も頑張って生きている、だから私も頑張って生きよう。

大切な人達と生きるために、私は生きているんだ。

大切な人達と生きたいから、私は生きているんだ。

それが私の答え。私の生きる意味。

自分のためにも、大切な人達のためにも、しっかり生きよう。

そしてせっかくなら、いろんな経験をして、いろんな人と出会って、人との繋がりに幸せを感じて、綺麗な景色を見たり、美味しいものを食べたり、いろんなことを学んで、勉強して、笑って、人生を少しでも充実させたい。

そして生活を楽しみつつも、やっぱりお金は必要だからコツコツ貯めて。

お金の余裕がないと、心の余裕もなくなってしまうから。

できるだけ前向きに、元気に暮らしたい。

 

今日はなんだかいつもと違う疲労感・・・。

頑張ろう☆